このサイトの記事を書き、写真を撮り、土をふるっているのは、北海道むかわ町穂別の中澤由幸です。明治38年から四代続く中澤農園の三代目にあたり、いま農園は四代目の和晴(息子)が継いでいます。私は能源有限会社として、能源 web shop の運営と、土まわりの資材に取り組んでいます。

なぜ培養土の話をこれだけ細かく書くのか。理由は単純で、自分が農業から始めた人間だからです。

四代・120年明治38年(1905)富山から入植
ハウス16棟三代目で稲作から蔬菜へ転換
分析機関2社伸びなかった数字も公開
品目9種だるまいも/メロン/とうきび ほか
中澤由幸 北海道むかわ町穂別 中澤農園 三代目 稲作をやめ、ハウス16棟の 蔬菜農家へ転換した 資材と販売 能源有限会社 1994年から土まわりの 資材に取り組む 学びと実践 生体システム 実践研究会 農業技術産業部門に所属 この3つが重なるところで見てきたことを、数字と条件で書いています

中澤農園という畑

まず、私がどこの畑の人間なのかを書いておきます。北海道勇払郡むかわ町穂別。四代で百二十年になります。

できごと
初代 吉兵衛明治38年(1905)18歳で富山県から北海道へ入植。長沼町で稲作17町。洪水を機に穂別へ移る
二代目 利幸昭和20年(1945)「4Hクラブ」に加わり、仲間と土壌づくりの研究を始める
 〃昭和55年(1980)圃場が献穀米に選ばれ、皇居にて献上
三代目 由幸昭和50年(1975)穂別で就農
 〃稲作をやめ、ビニールハウス16棟へ。メロン中心の蔬菜農家に転換
四代目 和晴平成30年(2018)28歳で事業継承。北海道拓殖短期大学 環境農学科を経て、ニュージーランドに留学
出典:四代目中澤農園(nakazawanouen.com)
1905年の入植から、四代で120年 1905 初代 吉兵衛 18歳で富山から入植 1975 三代目 由幸 穂別で就農 2018 四代目 和晴 28歳で事業継承 1945 二代目 利幸 4Hクラブで土壌づくりの研究 1980 献穀米に選ばれ、皇居へ献上 土を見るというのは、この家では80年前から続いていることです

土を見るというのは、この家では80年前から続いていることです。二代目が4Hクラブで土壌づくりを研究していたのが昭和20年。私が培養土の中身を細かく書くのは、そこから地続きの話です。

穂別という土地

穂別は盆地です。昼と夜の寒暖差が大きく、その差が作物の味に効きます。水源の「む川」はマグネシウム分の多い水です。同じ資材を使っても、土と水がこれだけ違えば結果は変わります。記事の中で「必ずこうなります」と書けないのは、まずこの前提があるからです。

いま農園で育てているのは、穂別だるまいも、ななつぼし、ダークホース、中玉とまと、四代目スイカ、ともりん、穂別メロン、唐辛子、とうきびなどです。

栽培の土台にしている考え方

農園の栽培の基礎は、小祝政明氏が提唱する「バイオロジカルファーミング」です。有機農業を科学的に解明していこうという考え方で、土壌分析の数値をもとに肥料設計を組み立てます。このサイトの記事で扱う土づくりの骨格は、基本的にこちらです。

この取り組みは、外部の媒体でも紹介されています。農業情報サイト「マイナビ農業」は2022年8月、四代目の和晴について「和晴さんが取り組む、有機農業を科学的に解明した『バイオロジカルファーミング』に関する考え方や実践方法」と書いています。→ 中山間地域だからこその価値を生み出す 北海道むかわ町4代目農家の思い(マイナビ農業・2022年8月30日)

ページの下のほうで「生体エネルギー」という別の考え方にも触れますが、この2つは別の枠組みです。混ぜて説明しないよう気をつけています。

農園そのものについては、農園のサイトをご覧ください。→ 四代目中澤農園農園の歩み

中澤農園(もぎたてHOUSE)/北海道勇払郡むかわ町穂別 Google マップで開く

三代目としてやったこと

はじまりは畑でした。理屈から入ったのではなく、目の前の作物が育つか育たないかという、ごく具体的なところから始まっています。

私の代でやったのは、受け継いだ稲作をやめ、ビニールハウス16棟を建てて蔬菜へ切り替えることでした。作るものを丸ごと変えるというのは、土との付き合い方を一から組み直すということです。うまくいかなかった年も、当然あります。

土を変えると、同じ種でも育ち方が変わる。水のやり方を変えると、病気の出方が変わる。畑ではそれが結果としてすぐ返ってきます。良かった悪かったが、収穫という形で必ず出る。逃げようがありません。

この「必ず結果が返ってくる」という感覚が、いまも記事の書き方を決めています。数字を書かずに「効果があります」とだけ書いた記事を、私は信用できません。自分がそれで判断できないからです。

北海道の畑と、長野の縁

拠点は北海道です。穂別の畑で、実際に作物を育てながら試しています。書いていることは、どこかで読んだ話ではなく、自分の畑で起きたことです。

同時に、長野にも拠点を置いています。そして全国を動いています。ご縁のあった企業の方、個人の方のところへ足を運び、現場の土を見て、話を聞いて、また北海道へ戻る——そういう動き方をしてきました。

各地の畑を見ていると、同じ資材でも土によって出方が違うことがよく分かります。北海道の火山灰土と、長野の畑と、都市部のベランダのプランターでは、前提がまるで違う。「これを使えばうまくいく」と言い切れないのは、そういう現場を見てきたからでもあります。

実践者であり、記録者であること

「研究者でもある」と紹介されることがあります。大学や研究機関に籍を置いているという意味ではありません。

そうではなく——同じ日に播いて、同じ場所に置いて、片方だけ条件を変える。収穫を量って記録する。うまくいかなかった年のことも残す。その積み重ねを何十作と続けてきた、という意味での研究者です。

分析機関に出した結果も持っています。日本食品分析センターのミネラル分析、デザイナーフーズ社のESR法による抗酸化力測定。良い数字も、思ったほど伸びなかった数字も、分析データのページにそのまま載せています。

数字が出なかった年を隠すと、出た年の数字まで信用されなくなる。

畑で学んだのは、結局そういうことでした

能源有限会社としての仕事

畑と並行して、能源有限会社という事業をやっています。1975年に穂別で就農し、1994年から、鉱物や微生物だけでは目指す品質に届かないという問題意識のもとで、土まわりの資材に取り組み始めました。いまは能源 web shop で資材や食品を扱っています。

穂別の畑では、一部の作物で「生体エネルギー」の考え方にもとづく栽培を行っています。すべての畑で、というわけではありません。条件を変えられる区画で試し、収穫物を分析に出して、数字がどう動くかを見る——という進め方をしてきました。このサイトに載せている分析データは、その過程で出てきたものです。

もうひとつ、畑の外の仕事があります。この考え方は農業だけのものではなく、製造・建築・食品加工など、ほかの分野にも応用されています。ご縁のあった企業の方、個人の方のところへ足を運び、現場ごとの実践の仕方をお伝えする活動を、長く続けてきました。北海道と長野を行き来し、全国を回っているのはそのためです。

ただし、このサイトはその話をする場所ではありません。ここは、土がうまくいかないときに何を見て、何をすればよいかを書く場所です。生体エネルギーの話は、必要な文脈でだけ、提唱者と出典を添えて触れます。

この記事の根拠になっているもの

「どこかで読んだ話」と「自分で確かめた話」を混ぜないために、根拠の出どころを並べておきます。

種類中身
自分の畑での実践北海道むかわ町穂別。四代続く農園の三代目として、稲作からメロン中心の蔬菜への転換を実際に行った経験
第三者機関の分析日本食品分析センター(ミネラル分析)/デザイナーフーズ株式会社(ESR法による抗酸化力測定)
栽培の記録同じ日に播き、条件を1つだけ変えて比べた写真と数字。うまくいかなかった年のものも残しています
栽培の枠組み小祝政明氏提唱「バイオロジカルファーミング」(土壌分析にもとづく肥料設計)
もうひとつの枠組み生体システム実践研究会(1985年発足・代表 佐藤政二氏)での実践。農業技術産業部門に所属
一般的な栽培指針EC値・pH値の目安など、公的機関や指導機関が示している範囲のもの
緑=自分で確かめたこと  灰=外から借りてきた枠組み 自分の畑での実践 第三者機関の分析(2社) 栽培の記録(失敗した年も) 栽培の枠組み(バイオロジカル) 一般的な栽培指針(EC・pH) 記事 どれにあたる情報かが 分かるように書く 自分の記録には日付と条件を、引用には出典と発表年を必ず添えます

記事の中では、どれにあたる情報なのかが分かるように書きます。自分の記録には日付と条件を、引用には出典と発表年を必ず添えます。そこを曖昧にすると、読んだ人が自分の畑で判断できなくなるからです。


補足|「生体エネルギー」という考え方について

ここから下は、このサイトの本題からは少し外れます。土の話を読みに来た方は、読み飛ばしていただいて構いません。ただ、私が長く関わってきたことなので、隠さずに書いておきます。誰が始めたのか、何を言っているのか、どこまでが分かっていて、どこからが分かっていないのか——そこまで含めて書きます。

誰が、いつ、どこから始めた考え方か

提唱者は佐藤政二氏です。生体エネルギー研究所の所長であり、生体システム実践研究会の代表を務めています。60年以上の農業経歴を持ち、「生態系生体システムプログラム産業」の創案者とされています。

出発点は連作障害でした。同じ場所で同じ作物を作り続けると育たなくなる、あの現象です。土壌の化学分析でも、微生物のアプローチでも解決できない——そう考えた佐藤氏が、「土壌には、まだ測定されていないエネルギーが存在するのではないか」という仮説を立て、それを圃場に還元することで克服した、というのが公式サイトで語られている経緯です。

つまりこの考え方もまた、畑から始まっています。私が農業から入ったのは、たまたまではありません。作物という、ごまかしの効かない相手を前にして始まったものだから、私にとっても入口は畑だった、というだけの話です。

私自身は、どうやってこの考え方に行き着いたか

提唱者の話をしたので、私自身のことも書いておきます。最初から信じていたわけではありません。7年ほど、まったく別のものを試し続けた末に行き当たりました。

就農したのは1975年。家業の農業を継ぐ形でした。海外研修を経て、大規模農業を目指して規模を広げていきました。

転機は、自分の体でした。農薬を散布するうちに、体調に異変が出ました。1987年、方向転換します。環境と、作り手と、食べる人の健康を第一に置いた農産物づくりへ——当時の私は、それを「病を治す農産物作り」という言葉で掲げていました。

※ これは1987年当時の私が掲げた目標です。いま扱っている資材に、病気を治す働きがあるという意味ではありません。このサイトでは効果の断定はしません。

そこから7年、いろいろ試しました。各種ミネラル。いくつもの研究機関の水。微生物では、酵母菌、バチルス菌、乳酸菌、光合成細菌。

どれも、味は良くなりました。ただ、私が目指していたところには届きませんでした。何かが違う、とずっと思っていました。

1994年に縁したのが、生体エネルギーの研究でした。「微生物の活性、ミネラルの吸収は農地の環境要因より変わり、植物の能力も大きく変わる」——そう学び、生体エネルギーを取り入れた農業を始めました。

この活用を北海道と全国に伝えるためのセミナーを開き、あわせて資材の販売を始めました。これが能源有限会社の始まりです。

1975 就農 家業の農業へ。 海外研修を経て規模拡大 1987 方向転換 農薬の散布で 体調に異変が出た 1994 出会い 生体エネルギーの 研究と縁する その後 能源有限会社 セミナーの開催と 資材の販売を始める この7年のあいだに試したこと 各種ミネラル / いくつもの研究機関の水 酵母菌・バチルス菌・乳酸菌・光合成細菌 どれも味は良くなった。ただ、目指したところには届かなかった

出典:能源有限会社「ABOUT US」(中澤由幸 署名)。同じ経緯は小冊子『能源ストーリー Nogen Story ① 生体エネルギーとの出会い』にも漫画で描かれています。→ 漫画を読む(PDF・別サイト)

生体システム実践研究会という組織

発足1985年4月20日
代表佐藤政二
本部長野県東御市
会員数約1,000名(のべ約5,000名)
支部全国13か所
専門部会農業技術産業部門(FTIグループ)/環境・家庭部門(生命の泉を励起する会)/水・水産業部門(水に産業を託す会)
機関誌『真和(しんわ)』
出典:生体システム実践研究会 公式サイト(2026年8月時点)

組織ができる以前、活動は「氏の地元である長野県の農業者の間で」行われていたと会のサイトには書かれています。佐藤氏の農業技術を学び、実践するための集まりだった、と。それがやがて全国へ広がり、農業以外の産業——製造、教育、建築、医療——へと展開していきました。

私が所属しているのは、このうち農業技術産業部門です。

何を言っている考え方なのか

会のサイトの説明を、私の解釈を足さずに並べます。

用語説明されている内容
生体エネルギー「存在するものすべてが持っているエネルギー」。物理的な引力だけでなく、「情報と情報をつなぐ力」によって形成されるものとされる
同化力この理論の中心に置かれている力の概念
「個」「同じ種であっても、それぞれ違う『個』である」。各存在は個性を持ち、良好な環境に置かれれば能力が向上する、という前提
想造量子宇宙論「素粒子以前の宇宙」を対象とするという独自の宇宙論。現代物理学の素粒子論とは別の体系であると、会自身が明示している
誘導翻訳遺伝子操作ではなく「翻訳を誘導する」とされる技術。「水誘導翻訳装置」などの製品名はこの概念に由来する

応用先として会が挙げているのは、農と食(収穫量・連作障害)、暮らしと健康住環境(石膏ボード等の建材)、ものづくりの4領域です。土・水・電気・空間の「能力を向上させる」ための資材や装置として製品化されています。

この考え方については、中澤(能源有限会社)のチャンネルで説明した動画があります。文章より、こちらのほうが掴みやすいかもしれません。

「生体エネルギーとは何か」(能源有限会社) YouTube で見る
この動画は当サイトの運営者(能源有限会社)が制作したものです。提唱されている考え方の説明であって、第三者による検証ではありません。分かっていないこともあわせてお読みください。

大学でいう「生体エネルギー」とは、別のものです

ここは間違えられやすいので、はっきり書きます。生化学の教科書に出てくる「生体エネルギー」(ATP合成など、生物が体内でエネルギーを取り出す仕組みの話)と、名前は完全に同じですが、まったく別のものです。このページで書いているのは後者ではなく、佐藤政二氏が提唱する独自の概念のほうです。

分かっていないこと

ここが一番大事なところだと思っています。

会が公開している実践事例(学校給食の残菜率、温水プール、農園の経営指標など)は、いずれも関係者による実施・自己報告です。査読を受けた論文も、第三者機関による追試も、盲検比較の記載も、確認できていません。

逆に言うと、これを否定的に検証した文献も見つかっていません。肯定・否定のどちらについても、独立した第三者による検証が存在しない——それが現在の状況です。会自身も「理論と現代科学の橋渡しを共に考えてくれる研究者を探しています」と書いています。

ですので、私はこの考え方を「科学的に証明されたもの」としては書きません。「そういう考え方があり、私はそれを自分の畑で試している」という位置づけで書きます。

このサイトでの扱い方

  • 提唱者と出典を必ず書きます。「生体エネルギー」は佐藤政二氏が提唱する考え方である、と明示します
  • 効果を断定しません。「治る」「防げる」「必ず良くなる」とは書きません
  • 記事の入口では持ち出しません。土の話を読みに来た方に、独自概念から入ることはしません
  • 数字と条件で語ります。分析機関の測定値、日付、品種、容器、数量。判断の材料はそちらに置きます

信じてもらうために書いているのではなく、判断してもらうために書いています。

お問い合わせ・事業者情報

項目内容
会社名能源有限会社
代表中澤由幸
所在地〒054-0211 北海道勇払郡むかわ町穂別456-4
電話0145-45-2899
メールnougenweb@gmail.com
オンラインショップ能源 web shop

記事で紹介している資材は、上記のショップで取り扱っています。栽培のご相談、現場を見てほしいというご依頼も承っています。

当サイトは、能源有限会社が運営しています。紹介している商品は当社の取扱商品です。そのうえで、他社の資材や、お金のかからない方法も、同じ基準で紹介します。価格・仕様は変わることがあるため、購入前にショップの商品ページでご確認ください。栽培の結果には、環境・品種・季節・管理による差があります。